どこまでも続くサバンナ
旅人:高城 英雄
夢に描いたマサイマラ
TVの番組で何回も放映され、自然の中でありのままに生息している生き生きとした動物たちを見ることができる野生の天国、ケニアのマサイマラ国立動物保護区に行きたい。夢に描いていた事が8月半ば過ぎ現実となった。出発前からわくわくしていたので実飛行時間16時間半の飛行もものともせず、東アフリカの玄関ナイロビに着いた。
赤道は何処を走っているの?
ケニア、タンザニアなど国名は知っていてもその在処を知っている人は少ない。ましてや赤道が、アフリカのどの辺りを通過しているかとなるともっと分からなくなる。
野生の天国であるマサイマラやセレンゲティ、ンゴロンゴロ、ペリカンやフラミンゴの多いマニャラ湖などとなるとその在処はほとんど分からないだろう。
南アフリカのクル-ガ-やボツワナのチョベ、オカバンゴなどでのサファリを過去3年に亘って経験してきたが、野生の天国と聞いて、マサイマラやンゴロンゴロをどうしても訪れて見たくなった。
地図を広げて見ると赤道はケニアの首都ナイロビの北、200kmほどのところで地球を二分している。今度の旅は南緯1°20分から40分のあたりを旅することになるのである。赤道直下に近い国は一体どんな天候や季節であろうか、インタ-ネットを通じて情報はたくさんあっても、今年は世界的に天候不順なので訪れてみないと実際には分からないだろうと不安が募った。
野生の天国マサイマラへの道
実際には、ドバイ迄約10時間、乗り換えでナイロビへ5時間、更にナイロビからサファリリンク社の14人乗りセスナで1時間、荒涼としたサバンナの一角にあるセレナ滑走路に降り立つ。(乗換えの為の待ち時間は除いている)
セレナ滑走路とは、今回宿をとったマラセレナロッジの近くにある滑走路ということだ。普通はサバンナに滑走路だけがあるのだが、ここには風通しの良い頑丈なコテ-ジが1棟建てられてあった。滑走路脇に出迎えていたサファリカ-でマラセレナロッジへ15分ばかりで到着した。
マサイマラのマラセレナロッジ
中央棟を中心にして、1戸建て、焦げ茶色のコテ-ジがキノコのような姿で左右に重なるようにして並んでいた。
ロッジは小山の上に立っているので、眼下に広がっているサバンナはどこまでも広く雄大で、そのサバンナを切り裂くようにしてマラ川が蛇行して流れている。川の畔には、オアシスのように生い茂っている緑濃い木々の光景が、清々しく感じられた。
何人かの欧米人がプ-ルの傍らでのんびりと日光浴をしていた。聞けば1週間の長期滞在だという。子供達は訊喜々とした声を張り上げながらプ-ルで泳いだり、赤茶色と緑色した綺麗な40cmくらいの大トカゲを追って遊んでいた。
部屋には大きなバスル-ムと広々としたリビングがあり、どの部屋にもサバンナに向かって大きな窓が広がっていた。豪華な佇まいでいっぺんに気に入った。
眼前に広がるサバンナには太陽の暖かい光を浴びながら、ヌ-やインパラ、バッファロ-の大群がのんびりと早春の草を食べている光景は印象派の淡い絵のようだった。目を丘の裾に転じると1頭のキリンがまるで銅像のようにポ-ズを変えずに立っていた。いつ見ても同じところに何時間でも立っていて不思議だった。そんな光景に浸っていると自分自身がその自然の中にいつの間にか溶け込んでいて、今着いたばかりだというのにまるで昔からここに座っていたような錯覚に陥っているのだ。
チ-タとハイエナの戦い
夕刻、ゲ-ム・ドライブに出発した。なだらかな坂道を下ってゆくとマラ川を挟んで当たり前のようにヌ-(ワイルド・ビ-スト)やバッファロ-が群れをなしている。 ロッジから見えたキリンはいつの間にか姿を消していた。
突然ドライバ-のジョセフが前方4時の方向を指さした。「チ-タだ!」見ると30mほど先の黄金色した草むらに、3匹のチ-タが獲物を引き倒してからかってでもいるように見えた。「乾期になると、出産を終えた母親が大概2匹の子供達を連れて、ハンティングを教えている光景に出くわすことが多いんだ。成獣のチ-タは1m足らずの大きさで、足が長く、走るのに瞬発力があって時速115kmくらいでそのスピ-ドを300mも持続出来るんだ。彼らは一日だいたい3kgくらいの肉を食べる習性なんだよ」静かな口調で教えてくれた。枯れ草の黄色い色とチ-タの体毛が混然としていて、目を凝らさないととても見分けがつかない。
よく見るとチ-タの子供が、ガゼルらしい獲物の横に添い寝でもするような仕草を見せている。突然その獲物が立ち上がって数歩逃げるようにして走った。「ガゼルだ!可哀想」車の女性達が叫んだ。母親チ-タが追いかけて再び草むらに倒した。その時、遠くからハイエナが小走りに近寄ってくるのが見えた、1頭、2頭、3頭・・。
「ハイエナって奴は夜行性なんだけれど、このように昼間現れることもあるんだよ。あいつらは鼻がよく利くし、遠くから血の臭いを嗅ぎつけてやって来るんだ。しかも1頭じゃあないんだよ。あっちからもこっちからも来ているだろう」チ-タと獲物を取り囲むように4匹のハイエナが四方から急ぎ足で近づいてきた。
チ-タは顔を上げ、腰を落として身構えている。ハイエナがチ-タに向かって疾走してきた。チ-タが歯をむき出して立ち向かおうとしていたが、2頭にからまれると1〜2回の咬合の仕草であえなく後退してしまった。子供達は母親より先に一目散に逃げ去っていた。ハイエナは獲物を横取りして食べ始め、食べ残しをくわえてゆうゆうと草原に消えて行った。ほんの僅かな時間であった。
チ-タは豹に似ているが他の大きな肉食獣と戦うことはほとんど無く、草むらや樹上などに素早く逃げてしまうのだそうだ。
ハイエナについて
「ハイエナは犬科の動物で犬に良く似ているけれど、実際は山猫に近いといわれているんだよ。人のものを横取りする人を指して<あの人はハイエナみたいだ>といっているけれど実際は違うよ」とジョセフが力説した。「実際、自分より強い動物に対しては数匹で、あるいは、ライオンの場合のように10匹以上で取り囲んで脅して横盗りすることもあるけれど、本当にお腹が空いていれば自分から獲物を襲って食べるのを何回も見たよ。だから横取りばかりじゃ無いんだよ。ケニアには斑点ハイエナと茶色いハイエナの2種類いるから良く見てごらん」私たちは道端でヌ-に群がっている黒茶色の毛をしたハイエナも見たし、ライオンが倒した獲物を数頭で遠巻きにしている斑点ハイエナの光景も見ることが出来た。
ヌ-(ワイルド ビ-スト)の河渡り
「ヌ-の河渡りが見たい!」8月後半、いろいろな情報では大丈夫、見ることが出来る時期だと聞いたのでマサイマラを選んで訪れた。
到着翌日にはバル-ンに乗って、上空からマサイマラの全貌を見ることにした。広いサバンナに米粒ほどに見えた黒い点は、近づくにつれて総てヌ-、ヌ-で数えることも出来ないほどだった。「一体どれくらいいるのだろう」誰かが聞いた。バル-ンを操縦していたジェイピ-が「マサイマラには150万頭も集まって来るんだよ、今見えているのは4〜5万頭くらいかな」と教えていた。
一つの動物保護区が国境で二分され、タンザニアのセレンゲティとケニアのマサイマラに分かれている。いわゆる「ヌ-の河渡り」は、その国境に流れているマラ川やサンドリバ-を、雨期明けに生え出る、好物の若草の芽を追って乾期となった方から、移動する光景のことを指している。河渡りの際、川に潜むワニや草むらで待っていたライオンやカリオンなどに襲われるが、若干の仲間の死を悼むこともなく、目を剥き血走らせて、必死に走る群れの姿が見物に来る人たちを引きつけているのだ。
マサイマラを流れるマラ川でもチャンス
もともとマラ川は、マサイマラを縦に二分し、タンザニアのセレンゲティに流れているので、なにも国境付近でなくてもマサイマラで「ヌ-の河渡り」を見ることが出来ると、ロッジで親しそうな口調で話しかけてきた"ストレンジオジサン"がいた。「あなたたちが来た今頃はそれを見る絶好の季節なんですよ。実際今日の昼も、あそこに見えるマラ川を100頭くらいの規模で渡ったよ。私はね、日本のTV会社などから撮影を頼まれているカメラマンで、ここに長逗留しながら写真を撮っているのですよ」私たちはその話を聞いて胸を踊らせた。
ヌ-たちの迫真の動き
夕刻、車を走らせてマラ川の畔に行くと、そこには7〜8台のサファリカ-が既に集まっていて「河渡り」の幕開けを今か今かと固唾をのんで待っていた。
ジョセフが「今日は絶対見られるよ!ほらヌ-たちの群れがかたまってきただろう、今に走り出すよ」あのストレンジオジサンと同じことを云った。やがてヌ-たちが百頭くらいに固まったと思ったら一角が崩れ、先頭のヌ-が河岸を目指して猛烈な勢いで走り出した。「いよいよだ!」皆が身構えた。
ヌ-の先頭が河岸に到着したと思ったら急ブレ-キで立ち止まった。盛んに首を上げ下げして川面までの高さを計っているように見えた。「そのままの勢いで飛び込めばいいのに!」「あそこの近くにいるワニでも眺めているのかしら」誰かが川面を指さしながら口々に呟いた。先頭のヌ-は同じ動作を繰り返していたが、急に踵をかえして走り出した。群れはそれに続いた。「ちぇっ!気だけ持たせて・・・」皆が溜息をついた。
ヌ-には確かなリ-ダ-はいないと聞いていたような気がしたが、実際はリ-ダ-が群れを見事にコントロ-ルしていた。
良いじゃない、また来るさ
「いいじゃない。明日も、明後日もあるんだから」の声に慰められてその場を離れた。結局3日とも同じ光景が繰り返されただけで河渡りを見る事が出来なかった。
「10月になれば確実にセレンゲティ(タンザニア)へ移動するから、また来れば良いさ」ジョセフに励まされ、またその頃来て迫力ある「ヌ-の河渡り」の光景を見たい衝動に一層駆られ、心を残したままそこを離れた。
ライオンはゴロゴロいる
「マサイマラやンゴロンゴロに行けばライオンなんてごろごろしている」と聞いていた。実際車を走らせていると、いるいる。あちらでも車の走る道端近くでも悠然と寝ころんでいる。「ライオンはお腹が一杯だったら静かに寝ているよ。時々目を覚まして四方を眺め回してもまた横になるよ。車が脇にいても一向に気にしていないね。毎日たくさんのサファリカ-が来るから、自分たちの仲間くらいにしか思っていないのさ」ジョセフが車を止めて話しかけた。
クル-ガ-ではライオンの姿を見つけたら、口に手をやってレンジャ-が静かに動いては駄目と合図したし、チョベでは5m以上の間隔を開けて車を必ず止めていた。
ライオンの寝姿は面白い。四肢を上げて寝ている姿などは雌でも雄でも一緒だ。ごろりと仰向けになって足を上げている姿はアラレもない。草むらの中からニュ-っと出ている足が目印で、ライオンを同色の草むらから探すことも出来た。
百獣の王だけあって恐れる物がなにも無いからだろうか。不思議、出合うのはだいたい2頭のライオンで雌ばかりが多く目についた。
一昨年チョベでは、12頭ぐらいのプライド(群れ)を見たのだが、ここでは群れに出合わなかった。「プライドはいないの?」と聞いてみると「6頭くらいのプライドを何回もみたよ」とジョセフは返事した。